京都に行って、考えていたこと。時間が限られている中、何をするか?
京都の旅で、、
使える時間が限られている中、何をするか?
→どこに行き、どこにお金を使い?【寺、銭湯】
どう過ごすか?【ゆっくり、まったり】
これを考えることが多かった。
日常生活でも考えなしに行動すれば、家族とショッピングモールへ向かう。
何か目的をもつことで、、、
リラックス、自然とふれあう、楽しむ、買い物する、おいしい食べ物を食べる。
どこに行き→レース
どこにお金を使い→レース
どう過ごすか→限界まで追い込んで、いつもは使わない馬鹿力なる遺伝子を機能させて、スイッチをいれる。
キャンプにいけば、森の中で星や月を見て、野外でご飯を食べる。朝は山を走る。
お寺でも、銭湯でも自分のテリトリー確保することが大事だ。
→縁側、扇風機独占。
この居場所は譲らん。という姿勢は大切。快適な空間は自らが作り出す必要がある。
一人でコツコツやることも好いが、たまには外の世界に顔を出すことで、強い刺激をもらう。
なんだかんだ、一日は過ぎていく。
どう過ごすかは人の自由。
コロナだからと、引きこもるのか。普通に過ごすのか。
猟師になり、
獣を捕まえて、養鶏して、畑して、井戸くんで、そんな自分がもってないものもってる人がカッコよく見える。
どこに行きたい。
何にお金を使いたい?
→まだ見ぬ自分と出会うこと。
全遺伝子を総動員させること。
どう生活したい?
→夢中になって、取り組んだことで、成果につながること。達成感。充実感。
よいか、わるいかより、嬉しいか、楽しいかで判断。
→お金が稼げて、生活が安定して、家族を養える。
それにフォーカスしすぎれば、あっという間に時は流れ、時間がなくなってしまうのかもしれない。